2017年1月にトランプ政権が誕生し、その後いくつもの大統領令が発令されました。その中のひとつである、指定された国の移民や難民の入国を規制する大統領令は、シリコンバレーにも大きな影響を与えました。移民入国制限の大統領令の影響や、その後の動きなどを、エンジェル投資家として長年シリコンバレーに関わってきた、ノバテック株式会社の取締役 平強氏に話をお聞きしました。
平氏は「シリコンバレーの企業は、政府のいうことに対しての批判は通常慎重で控えめ。しかし今回は違う。早いレスポンスで、皆で声を上げて訴えた。多くの移民によって、これだけ発展したシリコンバレーでは、移民を止めたら新しいことがほとんどできなくなってしまう」といいます。
シリコンバレーのさまざまな企業から上がる反対の声
シリコンバレーでは、移民やその子孫も含め、世界のさまざまな国から来た人が働いています。末端のエンジニアだけでなく、10億ドル以上の評価額をつけたユニコーン企業といわれるベンチャー企業87社でも、その半数以上が移民の創業者により起業されたといわれています。大統領令の影響を受けるエンジニアや企業が数多く存在するのです。
前述の大統領令に対し、シリコンバレーの有名企業はさまざまな抗議や対抗策を素早く実行に移しています。例えば検索大手のGoogleでは、同社従業員のうち最低でも187人がこの大統領令の直接的な影響を受けることを明らかにしたうえで声明を発表。大統領令が優れた人材をアメリカに呼び込むうえでの障害になることや、これらの問題に関する意見をアメリカ政府や、すべての指導者たちに訴えていくと主張しました。また、入国制限から従業員を守るために、約100人の従業員を海外から呼び戻しています。SNS関連の企業では、Facebook創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏がFacebook上でコメントを発表。アメリカは移民の国であって、世界中の才能ある人材がアメリカで働き恩恵を受けていると、大統領令への懸念を示しました。Twitter, Inc.のCEOであるジャック・ドーシー氏は、大統領令の人道的、経済的な影響を現実のものであり破壊的なものと述べています。
シェアリングエコノミー関連の企業では、Airbnbが大統領令の影響を受けた人に対し、滞在先を無料で提供すると発表。同社のブライアン・チェスキーCEOがTwitterで、規制ではなく開放による友好的な対策を求めるコメントを上げています。AppleとMicrosoftは、移民は会社としてなくてはならない存在であり、アメリカの発展に欠かせない存在とし、長年にわたるライバル同士でありながら団結して移民を支援する姿勢を見せています。このほかにも、シリコンバレーにある多くの企業や働く人が大統領令に反対する意思を示し、さまざまな具体的な行動を起こしています。シリコンバレーにとって移民が規制されるということは、死活問題ともいえる重大な事態なのです。
アメリカ第一主義とは違うシリコンバレーの気風
海外からシリコンバレーへの人材の流入は、80年代頃には始まっていました。4ビットから8ビット、16ビットとマイクロプロセッサの性能が上がり、電卓やPCなど個人で使用できる電子機器が普及。半導体に関係するエンジニアの不足が問題化します。それを補うため、アジアなど世界各国からの技術者が流入し、技術を発展させました。そして、90年代に入りPCの普及が進むとソフト系の技術者が不足。2000年問題も重なり、アメリカ政府は特定分野で技能を持つ外国人に対して発給するビザを大幅に増やします。これにより、インドや中国など世界各国から多くの技術者がシリコンバレーに集まることになります。さまざまな人種が行きかうことで、新たな技術やサービスが生まれ、シリコンバレーの発展の大きな原動力となりました。
平氏は「投資においては、シリコンバレーは排他的なところがある。日本のベンチャーキャピタルがやってきて、何か情報がないかといっても絶対に教えてはくれない。仲間内で情報をまわし、新しく来た人に成功報酬を何パーセントか持って行かれるようなことはしない。しかし、それはトランプ政権の掲げるアメリカ第一主義とは違う。移民の規制はシリコンバレーの発展の阻害にしかならない」といいます。
トランプ氏を大統領に選んだ主な支持層は、移民や工場の省力化などにより厳しい立場になった人たちといわれています。移民を規制することで一時的にそのような層の雇用が回復することが考えられます。一方で、シリコンバレーのさまざまな企業で研究、開発されているAIの技術や、シェアリングエコノミーのサービスが発展すれば、トランプ支持層である人々が、再び厳しい立場となることが懸念されてもいます。そうなった時、AIやシェアリングエコノミーのサービスを行う企業のサービスが規制の対象となる可能性は十分考えられます。シリコンバレーではこれからもトランプ政権の動きにより、慌ただしく対応を迫られることになるかもしれません。
平 強氏のブログ、「挑戦せよ。」は<こちら>